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(財)日独協会 事務局Blog





Filmzirkel! 映画サークル!"モルゲン明日Morgen" :: 2018/10/12(Fri)

Wie oft ich doch als Kind zurechtgewiesen wurde, nur wegen des Lichts,
das ich in meiner Achtlosigkeit beim Verlassen des Hauses angelassen hatte;
wenn man das Haus verlässt, schaltet man das Licht aus,
überhaupt jedwedes Gerät, erst recht die Klimaanlage,
benutzt man nur einen Raum des Hauses, ist auch nur in diesem Raum das Licht an usw.
Solcherlei Gedanken kommen mir ganz unwillkürlich, als ich, wie es oft geschieht,
vor mir ein Auto finde, von dem Fahrer fehlt jede Spur,
dessenungeachtet läuft der Motor,
überdies blinkt das Auto wie ein Weihnachtsbaum – nicht ungewöhnlich in Japan.
Im Haus brennen alle Lichter, alle Klimaanlagen laufen,
daneben sind die Fenster weit geöffnet –
Umweltbewusstsein in Japan fällt auf vor allem durch Abwesenheit.

Da passte es ganz richtig, sich die Dokumentation „Morgen モルゲン明日“
im Rahmen unseres Filmzirkels anzusehen; die japanische Dokumentation
beschäftigt sich mit dem Phänomen der sogenannten Energiewende in Deutschland.
In einer verwinkelten Seitenstraße in Tokyo versteckt sich das Kino,
die Hitze hat die Besucher nicht davon abgehalten zu kommen, der Raum war voll besetzt.
Es wurde dunkel – und plötzlich sah ich vor mir die deutsche Bundeskanzlerin,
wie sie nach dem Reaktorunfall in Fukushima ein Umlenken der
deutschen Atompolitik in ihrer gewohnt nüchternen Art verkündete.
Von Beginn an verbindet der Film Umweltbewusstein und Nachhaltigkeit mit Politik,
d.h. hauptsächlich mit politischem Widerstand. Erst im Laufe des Films wird klar,
dass die derzeitige Energiewende als Folge einer langen Geschichte
politischen Ungehorsams interpretiert wird; der Argwohn gegenüber
dem Staat habe gleichzeitig zu einem umweltpolitischen Bewusstsein geführt,
daher sieht der Film die Entwicklung erneuerbarer Energien in Deutschland
als Triumph der Demokratie.

Wo aber liegt nun der Unterschied zu Japan?
Warum funktioniert in Japan noch nicht, was in Deutschland
schon lange wenigstens auf den Weg gebracht wurde?

In der folgenden Podiumsdiskussion mit der Regisseurin zeigte sich,
dass vor allem die Kraft der Zivilgesellschaft sich auf das Umweltbewusstsein
überhaupt auswirkt, und dass überdies Protest in Japan
nach anderen Regeln funktioniert. Aufrichtig gesagt, ich wusste selbst nicht,
wie viele Menschen sich in Deutschland für erneuerbare Energien
derart engagieren; der Film scheint sich zwar hauptsächlich
an Japaner zu richten, kann aber auch Deutschen noch durchaus
neue Perspektiven auf ihr Heimatland erschließen. Bei aller
Nähe und gegenseitigen Zuneigung, fallen doch auch Unterschiede
zwischen beiden Ländern auf, ein Thema, welches auch die Gespräche
noch lange nach dem Film beherrscht hatte. Am frühen Abend kam ich dann
nach Hause, die Klimaanlage kühlte das leere Haus ganz vergeblich;
noch bevor ich mein Gepäck ablud, schaltete ich sie aus.
Filmzirkel2.jpg

私が子供のころよく忘れたのは、家から出かげる前に電気を消すこと。
そのたびに、いつも注意されてしまった。家から出かげるとその前に絶対
電気を消さないといけないから。エアコンとか電気とかどの製品でも
いつも消したほうが良い。家の中の部屋でも今使ってる部屋の電気だけをつけるべきだ。
道を歩く時、電気を消していない車を見るのは珍しいことじゃない。
運転する人はもういないのに車がそのまま置かれてるのは日本では普通みたい。
エアコンも電気も消さなくてもいいみたい、日本で環境を守ることはまだ意識されていなそうだ。
この光景を見たらまた子供のころ、電気を消さずに注意されてしまった記憶が甦って来た。

だから、環境についての映画「Morgenモルゲン明日」を映画サークルで
観に行くのは丁度いいと思った。このドキュメンタリーはドイツのエネルギー・シフトを話題にしている。
結構暑い日なのに沢山の方々が、ちょっと地味な映画館の前に来て待っていた。
映画館は今日満席だった。暗くなって、-ドイツの首相メルケルさんの姿が映った。
ドイツのエネルギー・シフトを発表した時の映像だった。最初から映画は環境への意識
と持続可能性を関連付けている。ドイツで環境保護運動は、環境だけではなく、国家に
反対することにつながったから。映画を見続けるうちに、環境保護ということは、
政治的な意識と反抗から生まれたことに気付いて来た。つまり、ドイツの市民はどんどん
国家を信じられなくなったので、ついに政治と環境について考え始めたということだ。だから、
エネルギー・シフトは民主主義の勝利だと映画は描いている。

でも、ドイツは日本とどこが違うのだろうか?
どうして日本で同じことはまだ起こってないのかな?

映画に後でのディスカションで監督は市民の力で
環境の問題は話題にすること出来ると示した。でも、日本での市民の抗議のルールは
ドイツと違うらしい。正直にいえば、再生エネルギーをこんなに沢山のドイツ人が
進めているのは私も知らなかった。日本人向けの映画だけど、ドイツ人も
自分の国の新しい側面を知ることが出来るだろう。ドイツと日本は近くて友達の絆があっても
違うところもいっぱいあるよ。映画サークルの方々とこのテーマについてよく喋るようになった。
家に帰るとまたエアコンがまったく誰もいない家を冷やしていた。私は荷物を置く前これを消した。
Filmzirkel.jpg

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  1. 未分類

ドイツ語講師インタビュー Makoto Takase先生 :: 2018/10/12(Fri)

Herr Takase
ドイツ語との出会い
子供のころからクラシック音楽が好きで、お小遣いでレコードを買っていました。中学生になって手に入れたのがベートーベンの第9のレコード。この曲の合唱部分を原語で理解したいと思い、中学2年生の4月からNHKラジオ講座を聞き始めたんですが、1か月で挫折してしまいました。1年後に再挑戦したのですが、今度は受験勉強に本腰を入れる時期になり、続けられず。。高校生になってから、晴れて再チャレンジし、やっと1年間ラジオ講座を聴き続けることができました。

ドイツ語の道を邁進
高校2年生の時に、他の人にできなくて自分にできることがドイツ語だと気づいて、「将来はドイツ語で飯が食えるようになりたい」と思うようになりました。大学もドイツ語で受験することにして予備校に通ったのですが、予備校のクラスにはドイツ語好きが集まっていて、刺激を受けました。その時教わった横溝節男先生からは、文法のとらえ方を学びました。自分がもっとも影響を受けた人物の一人です。教授陣の良さから学習院大学独文科に進みました。

教師として
高校と大学のドイツ語教員資格を持っています。大学時代に、教育実習で学習院高等科の生徒の前で初めて授業を行いましたが、緊張しすぎて、、、黒板とだけ会話していたのを覚えています。経験を積むうちにいつの間にか緊張しなくなりました。今は高校と大学、そして日独協会で教えています。日独協会の生徒さんは社会人の方が多く、ご自身で「ドイツ語をやろう」と決めて通われているのでモチベーションがとても高い。ここで教えるのは僕自身にとっても、大変良い経験になっています。

語学の学習で大事なこと
細々とでもよいのでコツコツ続けること。
また、原書を読む際には精読も大事ですが、辞書なしで最後まで読み切ってみることも大事です。僕も様々な文章を読みました。長い「ファウスト」のような作品は、裏技ですが、演劇(G. Gründgens版)の録音を聞きながらテキストを目で追っていくというやり方で読破しました。

ドイツ語の面白いところ
文法構造です。全部とは言いませんが、ほとんどのことは理屈で説明がつきます。

趣味とリラックスタイム
音楽、オペラ、バレエについては、一晩中でも語れます。自分ではリコーダーを演奏します。最近は都合がつかず通えていないのですが、プロの演奏家に個人レッスンを受けています。先生の指示通り音を出しているつもりでも、後から録音を聞くと先生の音と全く違う。よく「出した音に責任を持ちなさい」と言われるのですが、音は瞬間瞬間で消えていくからこそ、本当に大事なことだと感じます。
リラックスタイムは、コーヒーをいれる時です。月に最低2回は石神井にあるお気に入りのコーヒー専門店で豆を買い、自宅で挽いてドリップ式でいれて、ブラックで飲んでいます。

ドイツから日本に紹介したいこと
ドイツでは日常生活の隣に芸術がさりげなくあるので、肩肘はらずに自由に芸術を楽しめるところでしょうか。接しようとすれば気軽に芸術に触れることができる、という感じがとっても良いと思いますね。

ドイツ語学習者に一言
私の恩師の言葉を紹介します。「言葉の学習は漢方と同様。即効性はなくとも、続けていればジワジワと効いてきます。」
気軽に、頑張りましょう!
  1. ドイツ語講師

ドイツ語講師インタビュー Kyoko Nagaoka先生 :: 2018/10/11(Thu)

Frau Nagaoka

音楽の道へ
東京出身で、小さいころからピアノを習っていましたが、最初は親にやらされている感じでした。小学校6年生頃に、テレビでポーランド人ピアニスト、クリスティアン・ツィマーマン氏の演奏を聴いた時、「音楽は一生懸命やるのに値する素晴らしいものなのかもしれない」と一気に開眼、音楽をやるのに余計な説明がいらなくなったように感じました。ツィマーマンさんとお話ししてみたい、という夢から、英語が好きになり、ラジオ講座でフランス語も学んでいました。

ドイツ語との出会い
音楽大学でドイツ語を学び、週に一回オーストリア人の個人授業も受けていました。在学中に参加したザルツブルクでの音楽夏期講習が強烈に楽しく、卒業後、ドイツ語が通じること、何より学費がかからないこと、そして師事していた先生の推薦などもあり、カールスルーエに留学しました。最初、私のドイツ語はかなりオーストリア訛りでした(笑)。

留学時代
ドイツの学生には生活上さまざまな割引があり、生活費も東京よりずっと安く、節約生活も工夫次第で楽しいものでした。新築の家に引っ越した時にはキッチンや電灯の取り付けや配線も自分でしましたが、取り扱い説明書でいろいろなドイツ語表現に出会うのも楽しいものでした。
洗濯機に熱湯の設定があり、冷水を使うドイツ人はほとんどいないこと、少し年配のドイツ人の主婦の方が靴下にまでアイロンをかけていたことなど、びっくりすることもたくさんありました。

ドイツ語を教えるようになって
帰国後、しばらくしてゲーテ・インスティトゥートのドイツ語教員養成コースを受講することになり、ドイツに帰国するクラスメートの仕事を引き継いだりしているうちに、教える仕事も増えていきました。
言葉を学ぶのに重要なのは、心をオープンにして、「わからない」とか「できない」という思い込みを捨てること、異質なものに出会っても拒絶反応しないこと、でしょうか。言葉を教えているのに矛盾しているかもしれませんが、「言葉がわからないから、理解できっこない」と決めつけて、コミュニケーションを諦めてしまうのは本当にもったいない。

ドイツ語のおもしろいところ
動詞の前に主語以外の言葉が来てもよい事や、副文中で動詞が後置される時などに、実は日本語と似たような語順になっているのが面白いです。

趣味・好きな食べ物
音楽愛好会で、コントラバス、ヴィオラ、ヴァイオリンを弾いています。また言語を学ぶのが好きで、韓国語やスペイン語も勉強したことがあります。言葉にその国の文化が透けて見えるのがおもしろいですね。
好物は何といっても寿司!二番目に好きなのはチーズ。いつか、スイスの山にこもってチーズ作りを習ってみたいです!

ドイツで好きなこと
ドイツパンが噛めば噛むほど味わい深いように、ドイツの芸術も製品も、知れば知るほど、掘り下げれば掘り下げるほど味わいがあるところが好きです。音楽でも楽譜を研究してみると、聴いていただけではわからない深みを感じますし、ドイツ車のハンドルは結構重いのですが、その分、車もしっかり応えてくれる、そういう良い重さが好きです。

ドイツ語学習者に一言!
Viel Spaß! 言葉が話せるようになることは楽しいこと。とにかく楽しむのが一番です!
  1. ドイツ語講師

ドイツ語講師インタビュー Susanne Kobayashi先生 :: 2018/10/10(Wed)

Frau Kobayashi

出身地
ノルトラインウェストファーレン州、ルール地方のシュプロックヘーフェルという街出身です。ウッパタールの近くです。23才くらいまでそこに住んでいました。地元のRuhrakademie(ルールアカデミー /芸術学校)で、Kommunikationsdesign(グラフィックデザインなど)を学びました。
ドイツ語を教えはじめたきっかけ:2012年に日本に来てからしばらくは、フリーランスでグラフィックデザインの仕事をしていましたが、家で一人仕事するより、人と関わる仕事をしようと考えて、ドイツ語を教えるようになりました。今まで語学学校や日独協会で教えています。

休日の過ごし方
散歩が好きです。東京にはいろいろな雰囲気の場所があります。地図を持たずに歩くといろいろな発見があります。鎌倉で海の近くを歩くのも良いですし、外国ではロンドンを歩くのが好きです。

好きな食べ物
Kartoffeln mit Quarkといって、ゆでたジャガイモにクワルクソースをかけたものです。でも日本だとクワルクが手に入りにくいですから、ドイツに帰った時にしか食べられません。
日本食では天ぷら!具材はなんでも。。揚げてあれば。

語学の学習で重要だと思うこと
Viel Sprechen! 外国に行ったら必ずまず話さなくてはいけません。間違っても良いのでどんどんしゃべることが大事です。私の授業では必ず最初に皆さんに先週あったことを話してもらいます。私も話します。皆が話すことによって、同じ立場に立てるように思いますし、間違えることを恐れるより、伝えることに気持ちが向くようになると思います。

ドイツ語のおもしろいところ
Kompositumですね。言葉と言葉がつながってどんどん長い複合語が作れるのが面白いです。
Donaudampfschiffahrtselektrizitätenhauptbetriebswerkbauunterbeamtengesellschaftとか。
(ドナウ汽船電気事業本工場工事部門下級官吏組合)

日本語学習
ボランティアによる日本語講座に通ってます。また語学交換(タンデム)もやっていて、パートナーと一緒に公園に行ったり映画や展覧会を観たり、いろいろなことを話して一緒に楽しく学んでいます。

日独協会の印象
日独協会は、アットホームであたたかい雰囲気があります。一人ひとりの生徒に、気を配っている感じがありますね。

日独の違いから思うこと
日本で感じるのは、すごく守られている感じがあること。例えば、工事現場では、通行人に注意を促すための声掛けをする係りの人がいますが、ドイツでは工事現場は囲いがしてあるだけです。ドイツでは電車の扉も自分で開閉します。もちろんいろいろな事情があると思うのですが、日本の、たまに「守られすぎている」と感じるほど配慮がある部分と、自己責任で行われる部分の多いドイツのちょうど真ん中くらいになるとよいのかな、と思います。

ドイツ語学習者に一言!
Alles Schritt für Schritt! なんでも一歩一歩! そしてDer erste Schritt ist immer schwer! 最初の一歩がいつも一番大変です。踏み出しましょう! 続きを読む
  1. ドイツ語講師

Spieleabend! ゲーム交流! :: 2018/10/09(Tue)

Als man mir mitgeteilt hat, wir wuerden einen Spieleabend veranstalten,
habe ich unwillkuerlich gesagt: „Klar doch – Wo ist der Fernsehr, wo das Nintendo?“
Statt jedoch, wie gewoehnlich, die Controller an der Wand zerbersten zu sehen,
fand ich mich ploetzlich um einen Tisch sitzend, vor mir ein, es ist kein Scherz,
Brettspiel mit richtigen Figuren auf Feldern.
Brettspiele hatte ich zuletzt waehrend meiner Grundschulzeit gesehen.
Danach wurden Spiele dieser Art rundweg zu Drinkspielen degradiert,
als Brettspiel ueberlebte einzig Schach. Es kann daher wenig ueberraschen,
dass ich vorlaeufig vollkommen hilflos vor den entsprechenden Aufbauten saß,
alles sah huebsch aufgebaut und eingerichtet aus
– aber, wie funktioniert das ganze nochmal?
Und sollte ich davor wirklich zuerst die Anleitung lesen?
Glücklicherweise waren auch diesmal wieder
Herr Endo und Herr Matsunaga am Start,
wie gewoehnlich führten sie uns mit bewunderungswuerdigem Eifer
und ohne nachzulassen durch den Dschungel einer laengst
vergessenen (besser vielleicht: verdraengten) Brettspielwelt.
Und wirklich waere ich ohne die Beiden regelrecht verloren gewesen;
denn wann immer ein Spiel erlahmte, waren sie zur Stelle,
das naechste Spiel bereits zur Hand.
So also begann unser Spieleabend.
Waehrend der Nebentisch die fast unmoegliche Aufgabe auf sich nahm,
da Spiel „Die Siedler von Catan“ zu beginnen und
wirklich zu Ende zu spielen, begann man an meinem Tisch
mit einer Partie schwarzer Peter.
Endo warf mir einen halb traurigen, halb mitleidserfuellten Blick zu,
schwarzer Peter erschien nur allzu simpel gegenueber dem bunten Partyspielen,
die daneben schon warteten. Wirklich erschoepfte sich die Partei bald,
aber ich war nicht vergessen worden, weitere,
auch nuechtern unterhaltsame Spiele standen bereit:
Einmal spielten wir z.B. „Botswana“, ein Spiel mit niedlichen Tierfiguren,
das allerdings unsere ganze Aufmerksamkeit forderte;
infolgedessen erstarb jedes soeben angefangene Gespraech
schon nach den ersten Zuegen, hier will, ja muss jeder gewinnen,
beim Brettspiel, ich halte das für durchaus richtig,
kann es keine Freundschaft, keine Sympathie geben.
Bald kamen trotz des hin und wieder einsetzenden Regens mehr Teilnehmer,
alle Stuehle waren besetzt, an jedem Tisch ein Gemetzel.
Indessen spielten wir an meinem Tisch das ich weiß nicht wievielte Spiel,
das uns die Aufgabe auferlegte, im nicht buchstaeblichen Sinne Bier
zu brauen und nebenher unseren Ertrag zu zaehlen.
Sei es wegen der nicht wenig komplizierten Regeln,
sei es wegen des Rechnens, nach acht Uhr abends
hat Mathematik keinen Sinn, dass das Spiel letztlich
vor der zweiten Runde scheiterte;
anschließend gaben wir lustigen, aber merkwürdigen Figuren Namen,
was zwar weniger anspruchsvoll, aber dafuer umso ausgelassener,
umso heiterer gespielt werden konnte.
Schlussendlich endete der Abend nach drei Stunden entspannt
und ausgelassen, kein Controller hatte die Wand durchschlagen,
und auch die angespannte Nervositaet, welche einen noch lange
nach einem Videospiel nicht loslaesst, fehlte voellig.
Am Nebentisch war die Partie „Siedler von Catan“ noch immer im Gange.
DSC09475.jpg


今晩、ゲーム交流を行う、と言われたときに、私はすぐ
「はい!テレビやニンテンドウはどこ?」って答えた。
コントローラを壁に投げて潰す情景が頭の中に浮かんだ。
ところが実際は、テーブルの上にボードゲームが奇麗に準備されてた。
一体どういう意味か?小学生のころからずっと使わなかった
ゲームのルールなんてどうやって急に思い出せるのか?
普段飲み会の時にゲームをやるくらいだけど、チェス以外は無理かな。
まず、説明書を読んだほうが良いかな?
うれしいことに、エンドウさんとマツナガさんがいつも通り参加してくれて、
ゲームのジャングルの道を優しく案内してくれた。
ゲームについてこんなに詳しく熱心な方々に会ったことがないと思う。
ゲームを遊び終える度に、いつももう次のゲームが用意されていた。
じゃ、始めましょう!私たちのゲーム交流を!
隣のテーブルの方々がDIE SIEDLER VON CATANという
ゲームを始めた横で、私のテーブルではババ抜きをした。
ババ抜きを始めた時、エンドウさん目に悲しさや同情の念が映った。
ババ抜きの単純さを知っていたかな。そのためか、皆さんは
早くこのゲームに飽きてしまった気がした。様々な色で輝いている
派手なゲームと比べたらババ抜きは確かにつまらなさそうけど。
でもその後で、エンドウさんは私に新しいゲームを渡してくれた。
例えば、BOTSWANAというゲームをした。
色々な可愛い動物のフィギュアが入っているゲームだよ。でも、
このゲームにはとても集中力が必要だから始まったばかりの会話が
すぐに途切れてしまった。皆さんが頑張って勝利を目指した。
いや、勝利を目指さないといけなかった。ボードゲームの時、
友達や好意なんかいらなくて当然なことだと思っている。
この日は雨なのに沢山の方が来てくれた。
椅子は全部使われて、どこのテーブルでも修羅場のようだった。
それから、私のテーブルでビールを作るゲームを始めた。
残念ながら、夜遅くは算数をするべきじゃない。
だから、すぐこのゲームを諦めて新しいゲームを続けた。
面白いキャラクターに名前を付けて、
その名前を覚える楽しいゲームだった。算数より楽だった。
3時間後、ついにゲーム交流が終わった。
皆さん楽しんでリラックスしていたようだ。ビデオゲームの後に
残る緊張感よりとても良いと思う。可哀そうなコントローラも壁で
潰されてなくて良かった。
隣のテーブルではずっと変わらずCATANのゲームが続けられたそう。
DSC09479.jpg
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