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(財)日独協会 事務局Blog





Stammtisch im Juli :: 2019/07/26(Fri)

Am 18. Juli fand in gewohnt uriger Atmosphäre des LION Restaurants
der monatliche Stammtisch der JDG in Ginza statt. Auch dieses Mal
kamen ca. zwei Dutzend Teilnehmer verschiedenen Alters und
unterschiedlichster Berufsfelder zusammen. Bei einem Bier oder einem
Glas Sekt wurde sich über die Erfahrungen mit der deutschen
Kultur und Reisen nach Deutschland ausgetauscht. Ein Herr
erzählte mir stolz, dass er der Nachfahre eines angesehenen
Professors der Tokyo University sei. Weitere Gespräche behandelten
die deutsche und europäische Geschichte vor und nach dem
Zweiten Weltkrieg. Ein mittlerweile regelmäßig beitragender Teilnehmer
des Stammtisches erzählte mir, dass er dem Studium der Geschichte als
Hobby fröne, wobei ich sehr erstaunt war, dass er neben seiner
Selbständigkeit als Anwalt noch Zeit hierfür erübrigen kann.
Auch wurden über Reisen nach Deutschland und in die USA gesprochen.
Eine Dame berichtete, dass ihre Heimatstadt eine Städtepartnerschaft
mit einer Stadt in Deutschland pflegt und es hier regelmäßig zwei Mal
im Jahr zum Jugendaustausch kommt. Sie selber hatte in Wien gelebt,
dort Deutsch gelernt und einige Städte in Deutschland besucht.
Als Floristin konnte sie einige ihrer wunderschönen Blumengestecke
via Smartphone präsentieren. Eine weitere Lady berichtete von
ihrem Aufenthalt in einer Sprachschule im Großraum Washington DC,
ein Herr überreichte mir ein selbstgeschriebenes Gedicht.
Neben einigen Monaten, in denen sie die englische Sprache lernte,
durfte sie dort außerdem ihr Talent als Sängerin unter Beweis stellen.
In den letzten Jahren wurde ihr Hobby zum Beruf, was durch mehrere
Auftritte in Japan bestätigt wurde. Wieder einmal war ich erstaunt
über die Vielfalt der Erfahrungen und Berufe der Teilnehmer des Stammtisches.
Es ist schade, dass im August aufgrund der Sommerpause kein
Stammtisch stattfinden kann, jedoch freue ich mich, im September
wieder an diesem teilzunehmen. Da wir unter den Teilnehmern auch
einen guten Fotographen haben, welcher so freundlich war, mir seine
Fotos zuzuschicken, kann durch die Bilder nochmal ein kurzer Eindruck
des Stammtisches gewonnen werden.

7月18日にライオンレストランの気取りのない雰囲気の中、日独協会のシュタムティッシュが行われました。今回も様々な年代、職業の参加者が24人ほど集まりました。ビールやスパークリングワインを片手に、ドイツ文化やドイツ旅行について語り合いました。ある男性は、自慢気に彼が東京大学の有名な教授の子孫であると教えてくれました。他にも第二次世界大戦前後のドイツおよびヨーロッパの歴史が話題にあがりました。最近、定期的にシュタムティッシュに参加している方は、歴史学に趣味としてはまっていると言っていましたが、彼が弁護士として働く傍ら、まだそのために時間を使えるということに私はとても驚いてしまいました。また、ドイツとアメリカへの旅行についても話しました。一人の女性が言うことには、彼女の故郷の街はドイツのとある街とのパートナーシップを持ち、年2回定期的に若者交流があるとのことでした。彼女自身はウィーンに住んだことがあり、そこでドイツ語を学び、当時ドイツのいくつかの街も訪れたそうです。彼女はフローリストなので自身の作成した素晴らしく美しいフラワーアレンジメントをスマートフォンで見せてくれました。あるご婦人はワシントンD.C.で語学学校に通ったことを話し、一人の男性は自作の詩を渡してくれました。ご婦人が英語を学ぶために滞在した数か月の間に、彼女の歌い手としての才能を披露する機会もあったそうです。ここ数年、彼女の趣味は仕事となり、日本でいくつかの舞台を踏んだということでした。改めて、シュタムティッシュの参加者の経験や仕事の多彩ぶりに驚いてしまいました。8月は夏休みでシュタムティッシュが行われないのが残念ですが、9月にまた参加するのを楽しみにしています。参加者の中には良いカメラマンもいて、好意で写真を送ってくれました。彼の写真を見ればシュタムティッシュの雰囲気が少し伝わると思います。

Stammtisch 2 - 18.07.19

Stammtisch 1 - 18.07.19
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  1. 未分類

Sprachcafé im Juli :: 2019/07/22(Mon)

Ohne Handel kein Austausch. Vereinfacht kann man unter dieser Formel verstehen,
dass es ohne Handel auch wenig oder kein kultureller Austausch stattfindet.
Heutzutage können die Menschen in vielen Ländern der Welt auf fast
alle bekannten Waren zugreifen und das zu jeder Zeit. Ein Merkmal der Globalisierung
ist der Welthandel, der Frieden aber auch Konfliktpotential in sich trägt.
Um einen Blick in die deutsche Vergangenheit zu werfen und dabei auf den Spuren
des heutigen Welthandels zu wandeln, habe ich für das Sprachcafé im Juli die
„Deutsche Hanse“ als Thema gewählt. Als Sohn der Hansestadt Hamburg
und Student der Hansestadt Greifswald sowie der Hansestadt Riga und
großer Bewunderer des Piraten Klaus Störtebeeker in Kindertagen
war es mir auch eine persönliche Freude über dieses Thema zu referieren.

Um den Teilnehmern des Sprachcafés die Geschichte der Hanse und der
Vitalienbrüder näherzubringen, wurde das Sprachcafé dieses Mal von 1,5
Stunden auf 2 Stunden verlängert. Auch mit ein wenig mehr Zeit konnte die
ca. 500-jährige Geschichte der Hanse natürlich nur stark zusammengefasst
wiedergegeben werden. Es wurde auf die politischen sowie wirtschaftlichen
Aspekte der Hanse eingegangen, hieran ihre Entwicklung und der Verlauf dargelegt.
Die Struktur innerhalb des Kaufmannsbundes, der sich in seiner Blütezeit
über ganz Nordeuropa erstreckte, wurde anhand verschiedener
Hansestädte und Hansekontore im Ausland, des Siegeszuges des
Lübischen Rechts und der Instanz der Hansetage erklärt.
Die Vitalienbrüder und ihr zur deutschen Legende gewordener Anführer
Klaus Störtebeeker die im Zeitraum, in dem die Hanse einen bedeutenden
Machtfaktor in Europa darstellte, erheblichen wirtschaftlichen Schaden unter
den Kaufleuten anrichteten, wurden ebenfalls vorgestellt. Mit der Festigung der
Territorialstaaten und der Entdeckung Amerikas büßte die Hanse
schließlich ihre Machtstellung ein und der Handel wurde global. Auch wenn
die Hanse bis heute existiert, so hat sie doch ihren alten Glanz verloren.

Unter den Teilnehmer wurde mit Erstaunen zur Kenntnis genommen,
dass die Hanse durch ihre Rechtsprechung, ihre Vernetzung mit über 20
Ländern und ihre Standards, welche den Handel betrafen, wesentlich Einfluss
auf die Entstehung der heutigen skandinavischen Sprachen, den kulturellen
Austausch in Europa insgesamt und die Globalisierung hatte und hat.
Der Grundstock des Welthandels kann durchaus in der Geschichte der Hanse
verortet werden. Bei der anschließenden Diskussion wurde auf den Zusammenhang
von Weltfrieden und Welthandel eingegangen, aber auch auf die Bedeutung
Lübecks, welches schon viele der Teilnehmer besucht hatten, im Zeitalter
der Hanse und Thomas Manns Roman über die Buddenbrooks.


「商売なければ交換なし」。商売がなければ文化交流も難しいということが、
この慣用句で簡単に理解できる。今日、世界中のたくさんの国で、知名度の
ある物はほぼ何でもいつでも手に入る。グローバル化の特徴は、自由だが
競争もある世界貿易だ。ドイツの過去に目を向けるため、そして今日の
世界貿易の足跡をたどるため、7月のシュプラッハ・カフェでは「ドイツの
ハンザ同盟」をテーマに選んだ。ハンザ都市であったハンブルクっ子として、
ハンザ都市グライフスヴァルトとリガの大学生として、そして子供時代に海賊
クラウス・シュテルテベーカーに感嘆していた身としては、このテーマについて
発表できるのは個人的な喜びでもあった。

カフェの参加者にハンザの歴史と海賊の一味について良く知っていただくために、
通常1,5時間で開催しているカフェを2時間に延長した。時間は少しだけ延長されたが、
ハンザの約500年の歴史をもちろんかなり要約して紹介した。政治的、経済的な
側面を取り上げ、その発展と経過についても説明した。全盛期には北ヨーロッパ
全土に拡張した商人同盟の構造は、海外のハンザ都市とハンザ営業地点、
そしてリューベック法の広がりとハンザ会議によって成り立っていた。ハンザが
ヨーロッパの重要な力のファクターであった時代に、商人たちの間に経済的な
損害を引き起こしていた海賊の一味と伝説的な彼らの首領クラウス・
シュテルテベッカーについても紹介した。領邦の成立とアメリカの発見により
ハンザはついに地位を失い、貿易は全世界的となった。今日もハンザは
存在するが、昔の輝きは失われている。

参加者は驚きつつ、ハンザがかつて、法や、20以上の国々とのネットワーク、
商売を罰する基準によって、今日のスカンジナビアの言語の成立や
ヨーロッパの文化交流、グローバル化に重要な影響を与え、
今も与えていることを学んだ。世界貿易の基礎はハンザの歴史を経て適応していった。
プレゼンテーションに続いて行われたディスカッションでは世界平和と世界貿易の
関係だけでなく、参加者の多くが訪れたことのあるリューベックのハンザ時代と
トーマス・マンの小説「ブッデンブローク家の人々」についても語り合った。

Sprachcafé 16.07.19 - 3

Sprachcafé 16.07.19 - 4

Sprachcafé 16.07.19 - 2

Sprachcafé 16.07.19 - 1
  1. 未分類

ドイツ語講師インタビュー 本田恵理先生 :: 2019/07/11(Thu)

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出身地
福岡です。街に活気があり、人々がよく笑うところです!

ドイツとの出会い、ドイツ語学習
初ヨーロッパは12歳で母親と行ったイタリア、その後14歳でドイツを旅行し、クラシック音楽やオペラ、美しいボーデン湖、人々の生活に触れ、「ここで暮らしていける」と強く感じ、中学卒業後すぐにドイツに留学したいと思うようになりました。親、友人、学校の先生は皆反対していましたが、1年かけて粘り強く説得し、具体的な留学計画を調べあげて伝えることで両親の理解を得て、15歳で留学しました。
ドイツに行くまでドイツ語の知識は全くなく、フライブルクの語学学校でゼロから学びました。ドイツ語で文法の説明を受けたので、モヤモヤとするところもありました。中級、上級になるにつれ、深く、難しいテーマについて話すには文法が大事であると自覚し、文法にも力を入れました。

ドイツでの大学生活
DSH(Deutsche Sprachprüfung für den Hochschulzugang 大学入試のためのドイツ語試験)に合格し、フライブルク大学に入学、ドイツ語言語学、ヨーロッパ民族学を専攻しましたが、ここからが地獄の日々でした。大学での勉強は語学学校とは比べ物にならないほど高度なもので、専門的な授業がはじまると最初の1学期は全く内容が理解できませんでした。関連の書物を必死に何十回も読んだり、F.A.Z.(フランクフルト新聞)や、SZ(南ドイツ新聞)を大量に読んでいくことで、授業中や学生との討論に備えたり、論文の書き方や、冠詞のつけ方などを学ぶことができました。プレゼンテーションは最初はとても緊張しましたが、慣れてくると、相手からの指摘から学べることが多く、相手を納得させるための論理的な話し方も磨かれ、これらの経験を経て質の高い論文を書くことができるようなったように思います。
また、大学時代に、街でも人気のメキシカンレストランでウェイトレスとして働いていたのですが、ここはお客の回転率が高くとても忙しく厳しい店でした。ドイツではサービスの良さでチップの額が変わってくるので、同僚を観察し、お客様と積極的にコミュニケーションをとったり、仕事をさばく工夫をしていくうちに効率的に動けるようになりました。
ここのレストランで、一度自分が担当するテーブルのドイツ人4人に飲み逃げされたことがありましたが、支払いがされなかった分は自腹で払わなくてはいけないというルールがあったので、必死で追いかけていき、払わせたこともあります。アルバイトでもだいぶたくましくなりましたね!

ドイツ語教師となったきっかけ
13年間のドイツ生活を終えて帰国し、大学生にドイツ語を教えていたところ、彼らのドイツ語が向上し、本人に文構成を理解できるようになった、などと言ってもらえるようになりました。自分が学んだことや苦労した経験が生かせること、教えた生徒の力が伸びることにやりがいを感じています。

教える際にこころがけているところ
生徒さんの表情をよく見るようにしています。授業がわかっているかどうかだけでなく、信頼を得られているかがわかります。また、生徒の緊張感を保ち、集中力を途切れさせないためには目ヂカラも使いますね(笑)。協会では独検3級合格に向けたクラスを開催していますが、基礎が何よりも大事ですので、問題を解きながら、文法をしっかり説明しています。このクラスは質問しやすい雰囲気がありますね。

ドイツ語のおもしろさ
ドイツ語のBildhaft(絵画的、具体的)なところが好きです。例えばLeidenschaftだったらleiden(苦しみ)ながらschaffen(生みだす)から、「情熱」となる。ドイツでも外来語が増えましたが、英語からの外来語のrecyceln(リサイクルする)より、wiederverwerten(再活用する)の方が私にはしっくりきます。ドイツ語は格が決まっていて、どこに単語が来ようが格で意味が特定できる。この論理的なところがとても好きです。そしてこの論理的な言語がドイツ人の論理的な思考にもつながっていると思います。

趣味・好きな食べ物
ロープクライミング、スキーなどアウトドアの活動が好きです。ボウリングも好きで、ドイツでもよくやっていました。学生時代から慣れ親しんでいるレクラム文庫も良く読みますね。語学ももちろん大好きです。
好きな食べ物は、くさいチーズ、Zwiebelmettwurst (脂身のない生の豚挽き肉に玉ねぎのみじん切りを加えたもの)、日本でしたら生ガキです。

ドイツから日本に取り入れられたらよいこと
社会や環境への意識の高さ、それらの問題について議論できるように小さなころから教育されることは、日本でも取り入れられたらいいと思います。

ドイツ語学習者へのメッセージ
言葉は楽して覚えられるものではありません。根気よく続けることが大事ですし、1回で覚えられないのはあたりまえですから、何十回でも反復することが大事です。あれこれといろいろな方法や教材に手を出すのもダメですね。自分のやり方を信じて淡々とやり続ける人が伸びます。泣き言をいわずとにかく何か一つやりきってみましょう。
  1. ドイツ語講師